枕
日付が変わる前のことである。これからすべきことは、寝るだけという段階。ベッドの上であぐらをかいている寝間着姿の夏侯惇は、照明が点いてる寝室の天井を見上げていた。
「疲れた顔をしていらっしゃるので、早くお休みになった方がよろしいかと」
それを見た同じく寝間着姿の于禁は部屋の照明を落とすべく、照明を操作するリモコンに手を掛けた。だが夏侯惇は溜息をつく。
「今日は、まだ月曜日だぞ……」
「明日は火曜日ですが」
「そういうことではない」
話の分からない様子の于禁を見て、更に夏侯惇は溜息をつく。
「もういい。寝る」
不貞腐れた顔を浮かべ始めた夏侯惇は、ベッドの上に横になろうとする。そこで于禁は夏侯惇の態度を見て、少し考えた。于禁自身は夏侯惇の機嫌を損ねるようなことは何もしておらず、どうすれば斜めになった機嫌を元に戻せるのかと。
その結果、夏侯惇の頭を撫でてやることしか思い付かないでいた。なので于禁は隣で横になり始めた夏侯惇に手を伸ばす。しかし于禁が予測していた、夏侯惇の頭の位置は大きく外れてしまっていたらしい。于禁の手の平は、夏侯惇の柔らかい胸部へと吸い込まれる。
「なっ……!? も、申し訳ありません!」
触れた瞬間に于禁は手を引かせた。二人とも、とても驚いた顔をしている。于禁は予想外の箇所に触れてしまったことではあるが、一方の夏侯惇は突然に胸部を触れられたことであった。
互いに、沈黙した後に于禁は口を開こうとする。だがその前に、于禁は鼻から血を流していた。それが自身の枕の上に数滴落ちると、二人の沈黙が勢いよく破れる。
「うわああああ!? 大丈夫か!?」
ガバリと起き上がった夏侯惇は、すぐさま枕元にあるティッシュ箱から数枚ティッシュを取り出す。于禁の鼻に押し付けたが、白いティッシュを侵食するように血で染まっていく。
「あ、あなたの胸部に触れてしまいまして……!」
「分かったから! 血を止めろ!」
数分してようやく鼻血が引くと、于禁は青い顔をする。
夏侯惇は血塗れのティッシュを処理した後に、于禁の枕を見た。鼻血がついており、早く洗濯しなければならない。同じことを思った于禁は、枕のカバーを急いで外す。しかし身動きが取れないので、夏侯惇が脱衣所に設置してある洗濯機に入れて洗濯を始める。
「……お前の枕が無いな」
一息ついた夏侯惇は自身の枕のみが置いてあるのを見やる。
「代わりになるものを持って参ります」
そう言った于禁はふらふらとした足取りで寝室を出ると、すぐに戻ってきた。しかし于禁の手に持っているのはとても厚い本である。
「六法全書を枕にします。最新版です」
「……最新版という情報はいるか? そこまで分厚いと、どう考えても枕の代わりにならないだろう」
「なります。六法全書ですので」
「六法全書への信頼が厚すぎるだろ……」
頭を抱えた夏侯惇だが、于禁は先程よりも顔色が良くなってきた。なのでもう放っておこうと思い、夏侯惇は再び横になる。于禁も横になるが、あまりの硬さと高さに思わず小さくだが呟いた。
「向いていなかったのか……」
すると六法全書を床に置いた于禁は、枕も無しに寝ることにしたのであった。
翌朝于禁は何故だか寝違えたらしく、その日は普段よりも機嫌が悪そうにしていたのだが。