堪能
社内で于禁はとあることを聞いてしまっていた。とは言っても会社の機密情報などではなく、些細な話である。
その内容とは女性社員たちが話していた、最近とても良い香りのするコンディショナーが発売したことについてだ。聞いた場所は資料室だが、于禁の姿は棚に隠れていたので存在に気付かない女性社員はそれについてかなり盛り上がっていた。
大抵の社員は于禁が視界に入ると、雰囲気がはりつめてしまって私語をしなくなる。なので先に資料室に居た于禁は、しばらくは棚から姿を出さない方が良いかと思いその場に留まっていた。女性社員たちがすぐに資料室を去ると思って。
于禁の思惑は当たったのだが、資料を探している最中の女性社員は、そのコンディショナーについて話し始める。曰く、他のものよりもとても良い花の香りがするらしい。使用後に、うっとりするほどに。
女性社員たちは製品名を会話の中で発言していたので、于禁はすぐさま覚えてしまっていた。それを、是非とも夏侯惇に使って貰いたいと思いながら。
脳内でメモを取ると、女性社員たちは求めていた資料を見つけたらしい。最後まで于禁の存在に気付くことがなかったが、足早に資料室を出ていく。
するとすぐに于禁はスマートフォンで検索エンジンの画面を開き、その製品について調べていった次第ではあるが。
「俺がこれを?」
于禁は仕事が終わり、帰宅する前にドラッグストアでコンディショナーを買った。
二人で夕食を済ませ、まずは于禁が入浴した。その後に入浴しようと浴室へと向かおうとした夏侯惇にそれを見せる。于禁の買ったコンディショナーとは新製品だったが、お試し用と他の製品と同じ容量のボトルと二種類あった。于禁はまずはと、お試し用の小さなボトルを買っている。恐らく、数回程しか使えない容量だろう。
そのパッケージを夏侯惇に見せていた。
「はい、新製品らしいので」
「お前がこれをな……分かった」
パッケージを凝視した後に、夏侯惇はそれを持って脱衣所へと向かっていく。それを見送った于禁は、夏侯惇の入浴後をとても楽しみにしていた。
しばらくしてから、夏侯惇が入浴を済ませた。于禁はその間に寝室のベッドの上で本を読んでいる。しかし夏侯惇が寝室に入ってベッドの上に乗ると、サイドチェストに栞を挟んだ本を置く。そして夏侯惇をすぐに抱き寄せ、横になった。
「うわっ!? どうした?」
夏侯惇は驚いてはいるが、それでも于禁に抱き着く。今は二人とも寝間着を着ているが、できるだけ互いの暖かさが分かるように。
「とても……良い……!」
「……何がだ?」
状況が分からない夏侯惇だが、相変わらず于禁と向き合うように体を密着させている。対して于禁は夏侯惇の額を、ほんのり唇で触れていた。若干の興奮を交えながら。
その間に、夏侯惇の髪も指で何も言わずに触れていく。今は降りている髪だが、とてもさらさらとしていた。それにやはりコンディショナーの良い香りがしている。
夏侯惇や香りを堪能したところで、于禁は再び口を開く。
「先程渡したコンディショナーは、どうでしたか?」
感想を求められた夏侯惇だが正直、普段使っているものとの違いなど分からない。なので正直に分からないと言うと、于禁の表情が少しずつ暗くなっていく。
「お、お前からしたら、どうだ!?」
焦った夏侯惇は、逆に于禁に感想を聞く。髪に触れていたので、何か思うことはあったのだろうと思いながら。
「……興奮しました」
于禁はボソリと言うが、夏侯惇は困惑の表情を浮かべる。それに気付いた于禁は、適当ではあるが真実である言葉を述べた。
「えっ」
「……あっ! 違います! これが良いコンディショナーと聞いたもので……今使っているものが無くなりましたら、これにしましょう! そうしましょう!」
失言を誤魔化すように于禁は話を無理矢理に進めると、夏侯惇と体を離す。そして、先程サイドチェストの上に置いていた本を読む為に取ろうとした。だが夏侯惇にそれを止められる。
「聞こえていたのだがな……」
溜息をついた夏侯惇は、于禁の上に乗る。つまり夏侯惇からの質問に対しての、小声での回答が聞こえていたらしい。顔を赤く、というよりも于禁は顔を青くしていく。
「だったら、今の俺をもっと堪能しろ」
于禁の顔を赤く染めあげる為に、夏侯惇はそう言うとそっと顔を近付けたのであった。コンディショナーの良い香りも、再び近付けていきながら。