忘れ物

忘れ物

ある夜のことである。入浴を済ませた夏侯惇は脱衣所で服を着ていたが、とある違和感に気付いた。今着ている、何の変哲もない白いティーシャツが小さく感じるのだ。特に胸部のあたりに、大きく深い皺ができている。
下に履いているジャージのズボンの方は、特に何も無いが。
「太った……のか……?」
そう思ってつい声に出すが、それは次第に震えていっていた。
なので何かを思った夏侯惇は近くにある洗面台の鏡の前に立つ。しかし見たところでは何も異常はない。相変わらず、胸部の皺が目立つばかりで。
「于禁!」
脱衣所から素早く出た夏侯惇は、リビングから短い廊下へと出ていた軽装姿の于禁をちょうど見つけた見つける。なので名を呼ぶと、すぐさま返事が返ってきた。
「いかがなさいましたか」
「もしや、俺は太ったのか!?」
于禁の頭に大きな疑問詞が浮かぶと、顎に手を添えて考えた。しかし昨夜までは視覚や触覚からして、そのような変化は無いことは確かである。
「いえ、突然そのようなことは……」
否定をしたうえで理由を述べようとした于禁だが、夏侯惇の姿に何かとても曖昧な違和感に気付いたらしい。口よりも先に自然と手が出てしまう。
訝しげな表情へと変えた于禁は夏侯惇の胸部へと、両手の平を当てたのだ。「大きい」などと言いながら。しかし突然のことに驚いた夏侯惇は、その手を反射的に素早く払った。
「何をする!」
怒りを混じらせながら夏侯惇がそう言うと、于禁はハッとした様子で謝罪をした。だが違和感の原因が分かったらしい。首を横に数回振ると、于禁はその違和感を指摘した。
「……その、あなたがお召しになっているそのティーシャツが、小さいのでは? 洗濯により、縮んだのでしょうか」
夏侯惇は于禁の指摘を数回脳内で反芻した後、その場でティーシャツを脱ぐ。その際に于禁がつい最近つけたが薄くなっている赤い痕が、夏侯惇の腹や胸についているのが見える。于禁はそれを見て顔を盛大に赤くした。于禁自らの意思によりつけた痕であるというのに。
「えっ、あの、夏侯惇殿……!」
「どうした、于禁……確かに、タグのサイズを見たら俺が持ってる服より小さ……あっ! これは、前に淵が泊りに来た時の忘れ物ではないか!  しかもこれは昔着てたものを間違えて持って来てて、結局は淵は半裸で寝てたな」
夏侯惇は笑いながら「だから小さかったのか」と言葉を足したが、于禁の顔の赤さは引いていく。代わりに、わなわなと体を震わせ始めたが。
「もしや……堂々と浮気をしたという決定的な発言ですか……?」
半裸姿のままでいる夏侯惇にそう詰め寄る。しかし夏侯惇は話が見えないようで、首を傾げた。
「は? 浮気? 何を行って……このティーシャツが、淵のものだからか? ……これは、お前と同棲するよりかなり前に淵が泊りに来たときのものだ。それに、それ以来は淵は一度も泊りに来ていないが」
夏侯惇がはっきりとした声音で詳細を説明すると、于禁は途端に硬い床に座り込んだ。過度の緊張や不安を持ってしまっていたが、急激に安堵してしまったせいなのだろう。
その様子を見た夏侯惇はクスクスと控えめに笑う。
「根拠のない嫌疑をかけてしまって、申し訳ありません……」
于禁は夏侯惇を見上げて謝罪をした。夏侯惇は構わないと返してから于禁の頭を撫でると、ティーシャツを早ければ明日にでも返すべく、脱衣所に向かって洗濯機に入れに行ったのであった。
夏侯惇は踵を返すと赤い痕が背中や腰にまでついているのがはっきりと見えたので、于禁はまたもや顔を赤く染めていたが。