暑い寒さ

暑い寒さ

春になる前の時期で、日付の変わった直後の時間のことである。二人は寝室に入ってから眠りにつこうとしていた。
寝室のカーテンはきっちりと閉められており、照明は消えている。だがサイドランプは微かに点いているので、それを頼りに寝間着姿の二人はベッドの上に乗って並んで仰向けになった。冬を越してもとてもではないが今でもそれなりに寒い。なので素早く冬用の毛布や掛け布団を被ったところで、サイドランプの灯りを落とす。部屋は真っ暗になった。
「おやす……暑いから離れろ。寝れん」
だが夏侯惇はベッドに入ってから暑くなったらしい。室内の温度のせいでもあるが、それよりも主な原因は仰向けになった直後に于禁が抱き着いてきたからである。再び暑いと言いながら夏侯惇は、それをぐいぐいと押して離そうとしたが于禁は離れたくない様子だ。びくともしない。
「どうしてですか」
「暑いと言っただろう。筋肉の塊に抱きつかれてるから尚更だ」
「筋肉の塊……」
于禁は落ち込んだ声音でそう言うが、夏侯惇はそれでも構わずぐいぐいと押して離そうとしてくる。すると于禁はとある単純なことに気付いたのか、ぐいぐいと押されているのにも関わらず毛布と掛け布団を下半身のところまで捲った。
「暑いなら、こうすれば良いのでは?」
于禁は直後に少しの寒さを感じたが、夏侯惇に抱き着いているからかすぐにそれは解消された。だが夏侯惇は不満げな声音で、たった一言でそれを否定をする。
「寒い」
夏侯惇は捲られた毛布と掛け布団を元に戻したうえ、肩までそれを被る。それと同時に于禁は懲りないのか、夏侯惇に抱き着いた。しかし再び夏侯惇は「暑いから離れろ」と于禁に言う。
小さく溜息をついた于禁は仕方なく、と言うように夏侯惇から離れた。そこで夏侯惇は暑さから解消されたので、特に体温での不快感が無くなり眠りにつこうとする。同じく于禁も眠りにつこうとしたが、一呼吸置いてから夏侯惇は再び不満げな声を漏らす。
「……于禁、来い」
言葉は全く足りないが、于禁は夏侯惇の不満や言いたいことを察したらしい。離していた体を遠慮気味にだが寄せる。だが夏侯惇は「もっとだ」と言いながら、于禁の体を腕で寄せてから向き合わせると、解消されたはずの暑さが夏侯惇にじわじわと戻ってくる。
「やはり、これでは暑いのでは?」
そう于禁は指摘する。しかし夏侯惇はそれを無視し、手で于禁の体をまさぐり始める。その手は横腹からどんどん上っていき、後ろに回って背中へと辿り着いた。夏侯惇はそこから離れないようにぴったりと抱き着く。
「お前に触れてないと落ち着かん」
「かこ……」
「ね、寝るぞ!」
無理矢理に于禁の言葉を遮った夏侯惇は、慌てた様子である。先程までは離れろと言い続けていたが、今は逆に落ち着かないと言ったからなのか。
今は聴覚からしか情報は得られないが、于禁はそう確信していた。
「おやすみなさいませ」
天井に面している腕を伸ばし、夏侯惇の頭を撫でた。今は髪が柔らかいのか、指の間によく通っていく。
「ん……」
それが心地が良いらしく、夏侯惇からはすぐに規則的な寝息が聞こえ始めた。それを耳で拾った于禁は撫でていた手を離すと、夏侯惇の体を抱き寄せるように包み、そのまま于禁も眠りについたのであった。