手を繋ぐ話

手を繋ぐ話

ある休日の昼間、二人は人混みをかき分けながら商業地域を通る歩道を歩いていた。前からも後ろからも人が河川のように絶えなく歩いていて、一瞬だけ地のどこを歩いているのか分からなくなるほどに。
今の天候は生憎にもどんよりとした曇り空で、雪がちらほらと降ったり止んだりを繰り返している。なので気温はかなり低かった。それのせいなのか二人はそれぞれコートを着込み首にマフラーを巻き、冬用の衣服と靴を身に付けているが、手袋はしていない。というより、そこまでしなくてもよいと思っていたのだ。その油断の結果、手がかじかむはめになったが。
だがこの天候と、人混みの中をなぜ歩いているのか。それは夏侯惇が書店で本を買いに行くと言い、休日であるが予定の無い于禁はそれに初めて着いて来ていた。いつもの交通手段は車だが、夏侯惇の提案で気晴らしにと公共交通機関の利用と徒歩で。
目的である書店は家からは電車で二十分ほどかけて到着する、テナントビルや商業施設ばかりが並ぶ場所の一角にあった。その書店は規模は大きくないものの、品揃えが定番のものは勿論、他の書店では取り扱っていないような珍しいものまであり、その中でも夏侯惇は後者を求めているらしい。目当ての本など毎回無いが、定期的に来店するたびに気になった本を見つけるとそれを買っていた。なので今回もそのつもりであるらしい。
二人は先程駅から出たばかりで、そこから書店まで歩いているところだった。夏侯惇が前をどんどん歩いていて、于禁は人を避けながら歩いている状況で。だが夏侯惇はそれに気付かず、更にどんどん歩き進めて行く。このあたりは駅周辺なので、人がかなり多い場所で有名だった。特に駅構内を出入りするためなのか。
「やはり車で行けば……いや、今更か……」
車道を頻繁に通る車両を見ながら、夏侯惇はそう呟いて首を横に振る。
この商業地域の所々には、コインパーキングが幾つも点在している。いつもは車で来ていて、目的である書店のすぐ隣にはコインパーキングがあった。そこには車で気軽に行けてなおかつ、この人混みをいつも他人事のように遠目で見ていただけだった。なので駅周辺がかなりの人出があるのは知っていたが、実際にそこを歩いたのは今日が初めてである。予想以上に歩くのが大変であり、少し後悔していた、
空気が冷たいので、瞬時に顔をしかめながらマフラーで鼻まで埋めた。だが一方の于禁は何も言葉を返さない。というより人混みをかき分けながらも、必死に着いて来ているので返せない様子だ。前を歩く夏侯惇をチラリと見て位置を確認しては、周囲の歩く人々を避けている。時折、人の多さにげんなりしながらも。それを見かねた夏侯惇は早く到着すべきか、それとも少し休憩しようか悩んでいた。
すると夏侯惇は歩道の端の人混みの隙間を見つけた。なのですぐにそこに移動すると、于禁はそれを見ると同じ場所へと向かう。そこでようやく二人は立ち止まることができ、于禁はホッとしたような顔をする。
「大丈夫か?」
「はい……」
早く目的地へ、そう言っているかのような顔をしながら于禁は返事した。だがまた歩き始めれば、先程のようにまた必死に人混みをかき分けなければならない。だからと言って駅に戻るとしても、また人混みをかき分けなければならなかった。なので何か解決策が無いかと夏侯惇は少しだけ考えると、于禁の方に片手を出す。
「俺に掴まってろ。あと少しだから」
于禁は数秒固まった後に、夏侯惇が差し出した片手の前腕部分を片手で遠慮かちにそっと掴む。しかし夏侯惇は「もっと強く掴まないと離れてしまうぞ」と言ったので、于禁はその通りにする。それを確認した夏侯惇は再び書店へと歩き出し、しばらく于禁は引かれて行ったのであった。夏侯惇が于禁の様子を窺えないまま。
書店へ無事に着くと二人は十数分の間だが、一緒に回った。そして無事に購入できた本が夏侯惇の片手に収まると、書店を出る。そこの横にある、人が少ない場所へと移った。
「今日はすまなかったな。次からは、電車と徒歩で行くのは止めよう」
夏侯惇は白い息を吐き、于禁を見上げてそう言った。だが于禁は首を横に振るので、夏侯惇は驚いたような顔をする。
「……いえ、電車で来てそしてまた、私が離れないように一緒に歩いて行きましょう。なので次は、私に掴まって下さい」
于禁は片手のひらを差し出すと、夏侯惇はそれにがっちりと空いている手で掴んだ。于禁は少し油断していたからなのか、それにより少しだけ顔を歪ませる。夏侯惇は笑った。
「離すなよ」
口角を上げた夏侯惇が静かにそう言うと、于禁はコクリと頷く。
そして二人は、人混みの中へと入って行ったのであった。