体温の隣
日付が変わってから数十分が経過していた。
既に照明の点いていない真っ暗で寒い寝室で、夏侯惇は一人で寝床に入っている。なかなか寝付けないらしく頻繁に体勢を変えながら。
どうやら、夏侯惇は眠気があっても眠れないらしい。なので仰向けの体勢になり、無理矢理閉じていた両瞼を開ける。
どうしても眠れない、その理由は隣には于禁が居ないからだ。今日は残業で遅くなるとの連絡が数時間前に来ていたが、ここまで遅くなるのは珍しかった。恐らく、日付が変わるまでには帰って来るだろうと思っていたのに。
一人で眠りにつくのは久しぶりらしい夏侯惇に、寂しさがこみ上げる。そして今になって于禁の温もりが無いと、眠りにつけないことを今初めて知った。
于禁と暮らす前までは、いつもは一人で夜を過ごしていた。それまでは一人は慣れていたのに。誰かの人肌に触れながら眠りにつくのは、ほんのたまにでも充分であったのに。
寝床の一人分空けているスペースに手を伸ばし、冷えるシーツに触れる。于禁がまだ帰宅していないと分かっていながらも。
「于禁……」
視線をそちらに向けてから寂しさに小さく恋人の名を呼ぶが、当然の如く何も返っては来ない。それに応じてくれる声や、自分の手を握ってくれる温もりも。名を呼んだ際と同様の小さな溜息をつくと、再び眠りにつこうと瞼を伏せる。まだ于禁は帰って来る訳がないだろうと。
するとがちゃり、と玄関の扉が控え目に開く音が聞こえた。于禁が帰宅したようだ。先程は帰って来ないだろうと思っていた矢先に。
夏侯惇は伏せていた両瞼を上げ、上体をのろのろと起こすと立ち上がって寝室を出た。
「于禁……!」
今度は確実に何かが返ってくるのを期待し、名を呼んだ。疲れた顔をしながら玄関に入った于禁に対して。
すると名を呼ばれて驚いた于禁は、表情に変える。
「夏侯惇殿……!? まだ起きていらし……」
名を呼んだことに対して返事が返ってきたことが嬉しかった夏侯惇は、残業で疲れている于禁に構わず抱き着いた。二人の身長差から考えれば、夏侯惇は于禁の首元に顔を埋めていて。
だが外の冷たい空気により、于禁が着込んでいるコートやマフラーが冷たかったのか、夏侯惇の体にそれが伝わり始める。
「お寒いので、早く寝床に入られては……」
一方の抱き着かれた于禁は、自分の服が冷たいと分かってるのでそう言う。しかし夏侯惇は首を横に振った。
夏侯惇は于禁と違い、今は寝間着のみの姿なのでかなり寒そうだ。暖房器具すらない玄関でも、外と同じくかなり気温が低いはずだろう。
だが夏侯惇にしてはここまで甘えてくるのは珍しい。前もそして今も、于禁をリードしてくれる存在であるのに。なのでその様子に于禁は頬を緩めた。
于禁は思わず抱き締め返そうとしたが、冷えた布で夏侯惇を包むのはどうかと思い躊躇した。すると何かを思いついた于禁は申し訳ないと思いつつ、抱き着いてくれている夏侯惇を引き剥がしてからコートを脱いだ。その時の夏侯惇の表情は、とても悲しそうで于禁の心が傷んだが。
「これを羽織って下さい」
寒いであろう夏侯惇に脱いだコートを羽織らせる。少しばかりサイズが大きめだったが、コートを掛けられた夏侯惇は嬉しそうな表情に変えた。コートの内側は体温で温かいのもあるがそれに、于禁の物に包まれてなのか。
それを見た于禁はホッとすると、夏侯惇の腰に手を回して寝室へと連れる。
「シャワーを浴びたらすぐに参りますので」
「あぁ」
サイドランプを点けてから、夏侯惇をベッドの縁に座らせる。于禁のコートをずっと羽織った状態で。その正面で視線を合わせてそう言った于禁は、短く返事した夏侯惇の頭を柔らかく撫でると浴室へと向かっていった。
于禁はシャワーを済ませ、寝間着に着替えるとすぐに寝室に入った。だが夏侯惇はベッドの縁に座り、羽織っていたコートに未だに包まっている状態だ。それも割と暖かそうな様子で。
「于禁、お前が隣に居ないと寝れない……」
夏侯惇は羽織っていた于禁のコートを取るとベッドの隅へと置いてから、于禁の方へ両手を伸ばす。弱ったような声音でそう于禁に言った後に。
それに応じるように于禁は夏侯惇へと近付いて両手を触れた。その途端に夏侯惇に指を絡められたが、于禁も同じく指を絡める。
「私もです」
于禁は愛おしげにそう言うとゆっくりと組み敷くように覆い被り、夏侯惇とほんの一瞬だけ口付けをした。
二人は名残惜しそうな表情をしながら唇を離すと、指を絡めていた片方の手も離した。于禁はサイドランプの明かりを消してから互いにもう片方の手の指を離すと、二人で隣に並んで横になる。そして息遣いがすぐそこまで分かるくらいまで近付き、向かい合うと夏侯惇はすぐに眠りについたのであった。