これを最後にしないで

春日はシャワーの水音で目を覚ました。今は広く白いベッドの上に仰向けになっているが、どうしてなのかは分かっている。気を失っていたのだろう。
体を動かすと、いつもよりかなり重い。腕も脚も、上手く動いてくれない。しかし原因は分かっている。
どうにか体を起こすと、周囲を見回した。常夜灯が点いているので、物の輪郭ほぼんやりと見える。ここは、ホテルの一室であった。だが今の春日は、服を何も着ていない。いつも身に付けている、金色のネックレスでさえ姿が見えなかった。それらも、理由は分かっている。
なのでまずは、シャワーの水音が聞こえる場所へとのそのそと歩いていった。
着いた先はシャワールームであり、灯りが点いている。シャワールームのドアには大きな擦りガラスがあり、大きな人の影が見えた。こちらの存在には気が付いていないのだろう。
春日はそれに手を伸ばすが、指先が微かに擦りガラスに当たる。人影がこちらに気付いた。シャワーの水音が止むと、ドアがすぐに開いた。目の前には、全身ずぶ濡れの桐生が居る。少し驚いたような顔をしていた。
「春日、どうしたんだ?」
「桐生さん……」
桐生の言葉にまともな返事をしないまま、春日は抱き着いた。
肌が乾いていた春日まで濡れてしまっているが、そのようなことはどうでも良い。先程まで鎮まっていた、体の疼きが再び生まれたからだ。
熱っぽい声で再び桐生の名を呼ぶと、春日の頭にポンと手の平が降りてくる。その手がわしゃわしゃと、春日の髪を触れた。
「今日はもう疲れただろう。さっきは、かなり無理をさせたからな……」
桐生の言葉の尾が細くなるが、春日にはしっかりと聞こえている。それに対して否定をすると、腕を桐生の背中に回した。一見するととても逞しいが、どこか細い背中へと。
凶暴な龍の彫り物を撫でるように、背中を手の平をゆっくりと這わせる。桐生が小さく笑いながら「擽ったいな」と穏やかに訴えてくるが、春日はそれを無視した。「桐生さん……」と呟いた、その瞬間に顎を掬い取られる。
唐突だったうえに、視界が変わったことに驚いた。そうしていると、桐生が唇を重ねてくる。そっと触れるように唇が重なると、すぐに離れていく。春日はそれが嫌だと思ったので、桐生の背中に回していた手を首の後ろにまで上げた。
「もう一回……」
顎を上げ、桐生にそうねだる。すると桐生の顔が僅かに歪んだ。どうしてのか分からないまま首を傾げると、桐生が顔を近付けてくる。だが先程とは様子が違う。まるで、少しの飢えを抱えている獣のようだった。
春日はそれが良いのか、期待の眼差しを刺すように向ける。
「いいのか?」
桐生の手が春日の腰にそっと触れたが、触ってはいけないもののようにすぐに遠ざけてしまう。戻ってきた興奮を、どうにか制御したいのだろう。
しかし春日は桐生のそのような思惑を分かっていながらも、体の怠さを自覚しながらも誘惑をし始めた。
「桐生さん、また俺とヤりたいんでしょう? だったら、ヤりましょうよ……我慢するのはよくないですよ」
緩やかな笑みを浮かべ、自ら桐生に口付けをした。すると桐生の制御の意思が壊れたのか、迷わせていた手が春日の腰を勢いよく掴む。
あまりの強さに春日の肩が跳ねてしまったが、舌を出してから桐生の唇をぺろりと舐める。舌を真ん中から口角へと移動させたところで、桐生の舌が絡みついてきた。確実に捕らえられると、春日の体が内側からぞくぞくと震える。
「ふぅ……! ん……ッう、んんっ!」
先程の熱が戻ってきたのか、膝が途端に崩れた。だがその際に桐生にどうにかしがみつくと、桐生の体が崩れる。春日の上に、桐生が覆い被さる形になったのだ。桐生はそのままの姿勢でいる。
真上からの照明により、桐生の顔が逆光で見えない。そのうえに、浴室のタイルは硬くて冷たかった。しかし春日はそれらのことは、どうでもいいのだ。それよりもぶり返した熱を、桐生にどうにかして貰いたいと思っていた。
なのでゆるやかに勃起した陰茎を、桐生の皮膚に擦りつける。
「っあ……は、ぁん! 桐生さん……はやく……」
声を出す余裕が無くなってきたのか、言葉が掠れてくる。すると桐生がようやく動いた。肩や腕のみが動いたが、春日は何をしたいのか分からずに目を細める。
そうしていると、視界がいつの間にか逆転していた。桐生の上に、春日が覆い被さっている形になったのだ。
「俺も、勃ってるから、次はお前がここに跨がれ」
桐生が自身の股間を指差すと、言う通りの状態になっていた。嬉しくなった春日は、少量の唾液を垂らしながら「はい」と返事をする。
膝を動かすと、尻の位置を移動した。今は桐生のへその上に跨っているが、どんどん下に下りていく。尻の割れ目に硬い棒が当たると、腰をゆっくりと浮かせてから膝をタイルの上に立てた。そしてゆるゆるになってしまっている入口に、棒の先端をあてがう。
「桐生さん……見ていて下さい……また、俺がイってるところを……」
「あぁ」
入口の縁に雄の先端を押し付けると、二人が同時に息を漏らす。特に春日は、体勢が崩れかけていた。タイルに膝の皮膚が食い込み、痛みが走る。しかしこの痛みを理由に、挿入を止めることはできない。
何度も胸から腹を呼吸で膨らませると、腰を少しずつ下ろしていった。限界にまで大きくなっている雄でも、入口は難なくそれを受け入れる。いや、迎え入れているのか。
「あ……んっ!? はぁ、は、ひ、っう! ァ……あ」
入口を先端が簡単に通り過ぎると、春日の力が抜けていった。その時点で、あまりの気持ち良さに絶頂を迎えているからだ。
だらしなく舌を小さく見せていると、体重により雄が一気に深く突き刺さった。腹の奥に、先端が当たったのだ。一瞬だけ呼吸ができないでいると、桐生がその春日の腰を優しく曲げる。それにより、余計に雄が入り込んだのだが。
「っ……春日、動くぞ……」
顔が近付いたが、桐生の声音に余裕がなかった。言葉の数はかなり最小限で、声は聞こえにくいくらいに低い。
「ん……」
春日は桐生の首のあたりに顔を埋めると、体が揺れていった。桐生がゆっくりとピストンを始めたのだ。唾液が垂れ続けているので、桐生の胸が更に濡れていく。
内側の肉をぐりぐりと抉られる感覚は、やはり何度でも良いと思えた。春日はそれを嬌声や、腹の中の締め付けで表す。
「ひゃ、ぁ、あ! きりゅうさん、きもちいい! ッは! ぁ、んん! ァ、あっ、あ!」
「そうか、いいのか」
桐生が嬉しげに返すと、ピストンが突然に激しくなっていく。まるで雄を春日の腹の奥に、強く叩きつけるように。
「やらぁ! はげしくしないでぇ! ぁ、あ! ゃ、イくからぁ! っひ、ァ、あ、んん!? んぁ、あァ!」
全身を小刻みに揺らした春日は、水滴のような量の精を吐き出した。しかしこれ以上は出ないのか、或いは限界を越えていたのかすぐに陰茎が萎んでしまう。
一方で桐生のものは、精力剤でも飲んだかのように未だに元気である。春日はそれを、腹の中でしっかりと感じ取っていた。ゆっくりと体を起こすが、腰がとても怠い。桐生の雄が埋まっている部分を、へその下の辺りを擦った。
雄がびくりと反応したらしく、春日は「へへ……」と笑う。もっと抱いて欲しいと、桐生煽ることを思いついたからだ。同じ男として、この状態が辛いことはよく分かる。
「っあ、はぁ……きりゅうさん、まだイってないんですか? もっと、おれを、使って下さいよ……おれのここが、気持ちいいんでしょう……?」
そう言い終えた頃には、脳が溶けたように思えた。
思考など最早どうでも良い。それよりも、早く腹を突いて欲しいことしか考えられなかった。今の自身の男性器が、一時的に使い物にならなくなってもなお。
「……っ! お前は、やっぱり口が上手いな」
煽りがかなり効いたようだ。桐生の顔を大きく歪み、雄が更に膨らんでいく。
予想通りの反応を得られると、春日は腰を振った。だが思ったよりも振りは小さかったようだ。桐生からはただ、腰をカクカクと揺らしているようにしか見えなかったらしい。鼻で笑われると、春日の腰が浮いていく。腹の中の圧迫感が、急激に無くなっていく。
現実に引き戻されたような感覚に陥った春日は、どうしてなのかと桐生に必死に訴えようとした。しかし桐生にそれを言葉で遮られる。
「ど、うし……」
「ここじゃ、味気ねぇだろ。ベッドの上でだ」
「はい……」
桐生の言葉にすぐに納得した春日は、そっと頷く。
すると桐生に体を持ち上げられていた。横抱き等という、雰囲気のあるものではない。単純に、荷物を持つように脇に抱えられた。
だが桐生の体は震えている。今の体では、体格の良い春日を抱えることなど無理があるからだ。降ろして貰おうとしたが、桐生に格好がつかないと瞬時に思った。なので春日は抵抗も何もすることなく、大人しく桐生に運ばれていく。
浴室から寝室まではそれなりに距離がある。
桐生の腕の震えは大きくなったが、春日は相変わらず何も言うまいと口を閉じた。そしてようやく寝室に到着すると、ベッドの上に荒々しく降ろされた。桐生からは大きな溜め息が何度か出てくるのが見える。
「ありがとうございます、きりゅうさん」
仰向けに降ろされていたので、桐生に向けて両手を伸ばす。桐生はそれを受け入れるように、春日の上に覆い被さった。
「春日……」
中毒にでもなったかのように、桐生はすぐに春日と唇を合わせる。その間に春日の膝を持ち上げると、すぐに雄を入口に挿入していった。とてもスムーズに入る。
「ふ、んぅ……! ん、んんっ!」
気持ちの良い波が、また春日に降りかかる。それが良いので、しっかりと浴びるように腹の中を締め付けた。形や大きさなど覚えてしまっているのか、桐生の雄をしっかりと包んで粘膜が密着する。
桐生がピストンをしていくが、先程のようにゆっくりとはしてくれない。内臓を突き破られるかと思うくらいに、強く揺さぶられる。内臓のあたりから、妙な音が鳴った。
思わず春日は唇を離すが、嬌声が出なかった。代わりに激しい息切れをしているような、息を吐き続ける。
「は……はぁっ! ひ、ぁ、はァ、ぁ!」
「ぐ、ぅ……! ぁ……! 春日、いいぞ……! そろそろ、俺も、イきそうだ……!」
桐生の言葉に、途切れが生まれてきた。もう、余裕が無いのだろう。春日はひたすらに腹の奥を雄で殴られながら、そう思った。
すると桐生の動きが止まる。くぐもった声が出る。途端に春日の腹の中が熱くなった。桐生から、精液を注がれたのだ。
「っひぁあ! ゃあ、ア!」
高い悲鳴を絞り出した春日も、絶頂を迎えた。しかし萎んだ陰茎からは、無色透明の液体が零れるのみ。遂に、体の奥深くまで桐生に雌にされたのだろう。
恍惚の感情が止まらない春日は「きりゅうさん……」と呼びかけた。だが桐生の顔色が悪くなってきた。かなり疲れているように見える。芯を失った雄を抜く気すら無い。
「きりゅうさん。また、ヤりましょうね」
「あぁ……いや、すまんな……」
「謝ることはないですよ」
笑みを浮かべることしかできない春日は、ぐったりとしている桐生に向かい合って抱き付いた。やはり、初めて会った時に比べて細く弱くなっている体に触れる。
そして微かに体が繋がったまま「まだ、居てくださいね」と小さな声で呟いた。対して桐生は無言であったが、聞こえているのかは分からないままで。