同じ

同じ

「おはようございます!」
「あぁ、おはよう」
ある平日の朝のことだった。出社したばかりの夏侯惇は、元気よく挨拶してきた営業の楽進と、同じエレベーターに二人乗っている。
「……そういえば前から思っていたのですが夏侯惇殿は、于禁殿と同じ匂いがします!」
だが数秒経つと、楽進からそう言われた。
「……は?」
夏侯惇は理解が追い付かない様子だ。なので楽進は慌てながら「失礼しました!」と言い直す。
「申し訳ありません、言い方が悪かったようです。夏侯惇殿も于禁殿も、同じ洗剤を使っていらっしゃるのですね」
「そう……なのか……?」
すると夏侯惇は少し考えた後、わざと初めて知ったような口ぶりになる。
「洗剤が被ることくらい、よくあることなのではないか?」
「確かにそうですね……あっ、私はここで失礼します!」
エレベーターは楽進の目的の階層へと到着したようで、扉が開く。楽進は会釈をした後にエレベーターから降りると、扉が閉じた。
「盲点だった。俺たちのことを、まだ勘付かれてはいないだろうが……」
そこで一人きりになった夏侯惇はそう呟いていた。

その日の夜、何もせずに就寝しようと二人は寝間着姿でベッドに横になる。照明はサイドランプのみなので、互いの表情はよく近付かないと見えないくらいの暗さだ。
二人はそこで抱き合う形になると、互いの顔が見えるくらいまで近付く。すると夏侯惇は于禁に今朝、楽進から言われたことを話していた。
「同じ香り……」
「あぁ。お前は、同じ部署の者にもそう言われたことはあるか?」
「ありませんが、あなたはどうでしょうか?」
「ない。孟徳や淵からもな」
夏侯惇がそう言うと、于禁はおかしいと思った。誰からもそのような指摘をされていないのに、なぜだか楽進からだけはそのような指摘をされたことを。特に夏侯惇については、何でも言い合える仲である曹操や夏侯淵からでさえもだ。
だが夏侯惇はそのおかしいことに対し、何も疑問に思っていないらしい。于禁がいつもより難しそうな表情を濃くするが、何も気にしない様子で。
「そうだな……それなら来週から香水でもつけて出社するか。それなら楽進に今朝のようなことを言われることはないだろ」
「あなたがですか?」
「だめか?」
「いえ、何と言いますか……意外だと思いまして」
「これでも若い頃はたまにつけていたぞ。今は持っていないがな」
于禁は若い頃、という言葉に反応したのか夏侯惇の首元に顔を埋めた。
「そのようなことを聞くと、もっと前から、あなたと出会いたかったと……」
「前からなど、そんなのどうでもいいだろ? 今はこうして共に居られているのだから。ほら、寝るぞ」
溜息をついた夏侯惇は于禁を無理矢理引き剥がすと、サイドランプの明かりを消して眠りについたのであった。

それから翌週のことだ。
玄関に居る夏侯惇は出社前に早速、前日に買っておいた香水を使うことにしていたが、同じく出社前の于禁はそれを凝視する。
「どうした? 嗅いでみるか?」
「いえ」
「では、ここにつけたいから代わりにつけてくれないか?」
夏侯惇は香水の容器を于禁に渡すと、うなじを見せた。
「な、なりません!」
「……は?」
それを見た于禁は、渡された香水をすぐに押し付けるように返してそう叫んだ。それも必死そうな顔で。なので香水を返された夏侯惇は、于禁の様子を見て呆然とした。
「は、破廉恥な!」
「お前は何を言っているんだ」
夏侯惇は香水の容器を見る。ごく普通の綺麗めな外見のパッケージであるのに、どうしてだと首を傾げた。于禁は香水のパッケージではなく、つける部位のことを言っているがそれに気付かないまま。
すると于禁は顔を赤くしながら、夏侯惇を置いて玄関から素早く出て行ってしまった。残された夏侯惇はやれやれと言いながら、自分でうなじに向けて香水をワンプッシュだけかける。うなじに湿っぽい霧が僅かにかかったことを確認すると、香水の容器を通勤用の鞄に入れた。元々は持続時間が短めのものらしく、また時間をおいてつけるつもりらしい。
そして玄関を出て施錠をすると、夏侯惇は首を傾げながら出社して行ったのであった。